大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)201号 判決 1984年5月30日
控訴人
黒川乳業株式会社
右代表者代表取締役
黒川繁八
右訴訟代理人弁護士
今中利昭
同
坂東平
同
角源三
被控訴人
神田朝男
被控訴人
数瀬英子
被控訴人
田野尻聖子
被控訴人
廣部文樹
被控訴人
朴時夫
右五名訴訟代理人弁護士
浦功
同
谷池洋
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
原判決中被控訴人らと控訴人に関する部分を取消す。
被控訴人らの請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
主文同旨。
第二主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおり(但し、原判決三枚目表六行目「大阪市北区旅篭町二五番地」を「大阪市北区南森町二丁目二番二七号(旧住居表示 大阪市北区旅篭町二五番地)」と改める)であるから、その記載を引用する。
一 控訴人
1 確認の利益について
控訴人が昭和五二年三月二九日に作成した乙第四号証に基づき同年三月三一日全従業員に提案した会社再建案一六項目の提案はあくまで提案にすぎず、その後実施に踏み切ったのは原判決添付別紙勤務表下段変更勤務表のうちでは5の労働時間のみ(それも週四二時間労働ではなく週四〇時間労働)であり、現在では右一六項目の提案のうち労働時間に関する提案及びパートタイマー制度導入に関する提案以外のものは実施する意向を全く有していない。したがって、前記変更勤務表記載の労働条件のうち1ないし4及び6については、これを実施しないことに当事者間に争いがないから、これに基づく就労義務の不存在の確認を求めることは、確認の利益を欠くものというべく、本訴はこの部分に関しては却下を免れない。
2 本件労働協約の解約と就業規則の適用について
控訴人は、原審以来事情変更の原則の適用を強く主張するものであるが、仮に右主張が認められないとしても、本件労働協約は期間の定めのない労働協約であるところ、控訴人は関単労に対し昭和五二年八月一六日付通告書(乙第六五号証)により本件労働協約を解約告知したから、労働組合法一五条三項、四項により、本件労働協約はその後九〇日を経過した同年一一月一四日をもって失効した。そして、就業規則が存する本件においては労働協約失効後の余後効を考える必要はなく、本件労働協約失効後の労働契約の内容は控訴人会社の就業規則によって定まることとなり、被控訴人らの労働時間は、就業規則の定めるとおり、週休一日、週労働時間四〇時間になったものである。
3 権利の濫用について
本件のように、週休二日制、週三五時間労働という労働協約上の権利を引続き行使することが会社を倒産に導くことになり、さればこそ会社の従業員の約九五パーセントの者が週休二日制・週三五時間労働制を変更して週休一日制・週四〇時間労働制を採用した新たな労働協約の適用を受けるに至ったような場合には、なお従前の労働時間制に固執しその維持を求め続けることは、権利の濫用というべきである。したがって、このような場合には、従前の労働協約たる本件労働協約はその効力を停止するものと解すべきであり、前記新たな労働協約は少数組合員たる被控訴人らに対しても拡張適用されるものと解すべきである。
二 被控訴人ら
控訴人の右一の2、3の主張は争う。
控訴人主張の昭和五二年八月一六日付通告書(乙第六五号証)は、対象とする労働協約の記載を欠くものであり、且つ通告時においてすでに労働協約は存在しないと通告するものであるのみならず、控訴人は通告後九〇日を経過する前である同年九月一日から週休一日制を強行しているのであるから、右書面による通告は労働組合法一五条三項、四項に定める解約予告にはあたらない。
第三証拠
証拠関係は、原審及び当審記録中の各書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、その記載を引用する。
理由
一 当裁判所も、被控訴人らの控訴人に対する本訴請求を正当として認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決の理由一、三ないし五記載のとおりであるから、その記載を引用する。
1 訂正
(一) 原判決二九枚目表三行目「大阪市北区旅篭町二五番地」を「大阪市北区南森町二丁目二番二七号(旧住居表示 大阪市北区旅篭町二五番地)」と改める。
(二) 原判決三〇枚目裏一行目から三行目にかけての「被告は、関単労と被告会社との間に締結された本件労働協約は、その後の事情変更を理由に破棄されたと抗弁する」を「控訴人は、右労働条件は、その後の事情変更を理由とする控訴人の通告に基づき変更された旨主張する」と改める。
(三) 原判決三五枚目表一二行目「本件労働協約を破棄する」を「週休二日制を廃止変更する」と改める。
(四) 原判決三五枚目裏一〇行目「昭和五〇年一〇月一日」の次に「の一か月前である同年九月一日」を加える。
(五) 原判決三七枚目表六行目「本件労働協約を破棄し得る」を「週休二日制を廃止変更することが真にやむをえない」と改める。
(六) 原判決四三枚目表一〇行目の次に行を改めて次の括弧内のとおり付加する。
「10 なお、被控訴人らの労働条件のうち休日・労働時間に関するもの以外のものについても、これを別紙勤務表の上段の現行勤務表欄記載のものから下段の変更勤務表欄記載のものに変更しなければならないほどの事情の変更があったことを認めるに足りる証拠はない。」
(七) 原判決四三枚目表一一行目から四四枚目表五行目までを次の括弧内のとおりに改める。
「11 以上のとおりとすれば、控訴人がした事情変更を理由とする労働条件変更の通告(意思表示)はその効力を生じないというほかはなく、被控訴人らの労働条件が右通告によって変更されたとの控訴人の主張は失当である。」
2 付加
(一) 確認の利益について
控訴人は、原判決添付別紙勤務表下段変更勤務表記載の労働条件のうち5の労働時間(休日を含む)に関するものを除くその余のものについては、控訴人において現にこれを実施しておらず、将来もこれを実施する意向を有しないものであるから、これに基づく就労義務の不存在の確認を求めることは、確認の利益を欠く旨主張する。
なるほど、(人証略)並びに原審における被控訴人神田朝男本人尋問の結果によれば、控訴人が昭和五二年九月一日以降被控訴人ら関単労所属組合員以外の従業員(黒川労組所属組合員及び非組合員)に対し変更された労働条件を適用実施したのは、前記勤務表記載の労働条件のうち5の労働時間(休日を含む)に関する労働条件のみであって、その他の労働条件は被控訴人ら関単労所属組合員に対する関係でも黒川労組所属組合員及び非組合員に対する関係でも変更されないままであることを認めることができ、また成立に争いのない第六五号証によれば、控訴人が関単労に対する昭和五二年八月一六日付通告書によって労働条件の改定実施を通告しているのも、休日・労働時間に関する労働条件についてのみであることを認めることができる。
しかしながら、原判決も認定するとおり、控訴人が元来昭和五二年三月末から同年六月にかけて関単労及び黒川労組並びに全従業員に対し改定実施を求めていた労働条件は、「会社再建案」(乙第四号証)に記載された労働条件、すなわち前記変更勤務表記載の労働条件全部を一括したものであったわけであり、その後も右労働条件のうち休日・労働時間に関するもの以外の労働条件の改定の意向が正式に撤回されたことを認めるに足りる証拠はないから(前記昭和五二年八月一六日付通告書(乙第六五号証)も、休日・労働時間に関する労働条件以外の労働条件の改定実施はしないとまでいうものではないし、<人証略>のこの点に関する証言は、互いにそごしており、控訴人の会社としての撤回の方針が未だ確立していないことを示している)、休日・労働時間に関するもの以外の労働条件についても、本件当事者間に紛争が生ずるおそれが全くなくなったとはいえない。そうである以上、被控訴人らは控訴人に対し、前記変更勤務表記載の労働条件全部につきこれに基づく就労義務の不存在の確認を求める法律上の利益を有するものといわなければならない。
控訴人のこの点の主張は理由がない。
(二) 事情変更の主張について
前記のとおり、当裁判所は、原判決と同一の理由により、本件は事情変更の原則を適用すべき事案にはあたらないと判断するものである。
控訴人がこの点につき当審において提出・援用した証拠も仔細に検討したけれども、いずれも事情変更の原則の適用を肯定させるに足りるものではなく、他に事情変更の原則の適用を肯定するに足りる証拠はない。
(三) 本件労働協約の解約と就業規則の適用について
控訴人は、本件労働協約は期間の定めのない労働協約であるから、労働組合法一五条三項、四項により解約しうるのであり、その場合、労働協約は解約後九〇日の経過とともに失効し、被控訴人らに対しては就業規則が適用される旨主張する。
しかし、本件労働協約が期間の定めのない労働協約であることは、弁論の全趣旨から明らかであり、期間の定めのない労働協約は、労働組合法一五条三項、四項により、解約しようとする日の少くとも九〇日前に書面で予告することにより解約することができるものであるけれども、控訴人が本件労働協約の解約通知書であると主張する控訴人の関単労に対する昭和五二年八月一六日付書面(乙第六五号証。これがその頃関単労に交付されたことは弁論の全趣旨により明らかである)は、「会社は貴組合との協約は現在無協約期間であると判断している」「黒川労組とは昭和五二年八月九日に協定を締結し、改訂した労働条件を実施することになり、非組合員の大多数もこの協定に賛成し署名捺印して異議のないことを確認しているので、会社は労働組合法一七条の規定によりすべての従業員に対し賃金面、労働条件等同一の取扱いとせざるを得ない」「従って貴組合に対しても暫定的に同様の措置をとらざるを得ない」とし、「昭和五二年九月一日より週休二日制を廃止し、日曜日を除く六日勤務、週四〇時間労働制を実施する」というものであって、右書面はその内容よりして労働協約解約予告の書面であるとはとうてい認め難い。そればかりでなく、本件で問題となっている労働条件を含む控訴人と被控訴人らとの間の労働契約は、本件労働協約その他控訴人と関単労との間の一連の労働協約の締結により右各労働協約の定めるとおりの内容のものとなっており、たとえその後に右各労働協約が解約によって失効したとしても当然には変更されず(右各労働協約の解約は控訴人と被控訴人ら関単労所属組合員との間の労働契約の内容の事情変更を理由とする改定の通告の趣旨を含むものであるとみるとしても、右事情変更が認められず、通告は無効であると解すべきことは、前記のとおりである)、被控訴人らが就業規則の内容に異議をとどめずに就労するとか控訴人と関単労との間に新たな労働協約が締結されるとかのことがない限りは、従前の労働条件がそのまま存続することになると解するのが相当である。
したがって、本件労働協約の解約による失効によって被控訴人らの休日・労働時間に関する労働条件が、就業規則の定めるとおり、週休一日、週労働時間四〇時間に変更された旨の控訴人の主張は理由がない。
(四) 権利濫用の主張について
控訴人は、被控訴人らが週休二日制・週三五時間労働という労働条件を主張することは権利の濫用であると主張する。
しかし、右労働条件が控訴人と被控訴人らとの間の労働契約の内容をなしていることは、前記のとおりであり、控訴人に倒産の危険その他事情変更の原則の適用を受けるべき事情がないこと及び被控訴人らは関単労の組合員であって黒川労組の締結した新労働協約の適用を受けるべき立場にないことは、原判決の認定説示するとおりであるから、被控訴人らの前記労働条件の主張が権利濫用を構成するものとは解し難く、他に被控訴人らが前記主張をすることが権利の濫用であることを認めさせるに足りる証拠はない。
したがって、控訴人のこの点の主張も理由がない。
二 よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今中道信 裁判官 露木靖郎 裁判官 齋藤光世)